南米バイクツーリング旅行記

クスコ国際学生証戦争!日本VSペルー

 

 

クスコの町に辿り着き、とりあえず向かったところは日本人宿として有名な『ペンション花田』であった。

 

 

が、何故か分からんが花田は『いっぱいだから部屋が無い』といわれて
断られてしまったので仕方なくもう一つの日本人宿『ペンション八幡』の方に行ってみた。

 

とりあえずこの先の色々な情報が欲しかったのでどうしても今回日本人宿に行ってたきたかったからである。

 

ここもいっぱいなのかと思ってちょい焦ってしまったが、幸い部屋は空いており問題なく泊まることができた。

 

バイクは一段下の通りから敷地内に入れることになるのだが、とりあえずは安心である。

 

久しぶりに日本語に囲まれた環境に入って、なんかホッとしてしまった。

 

いかにマイペースに旅行しているとはいえ、気は常に張っていなければならないのでたまに疲れてしまう時もあるので、そういう時に日本人宿というのはありがたかったりするのである。

 

久しぶりに日本人旅行者と色んな話が出来て楽しかった。

 

なにしろ、仲良くなった旅行者とその後も、いや、一生の付き合いにあるかもしれないのである。

 

現に現在そういう友達もいるし、人との出会いが旅行の最大の楽しみだとオレは思う。

 

 

ところで、ペルーといえば、ナスカも有名であるが、それ以上に有名なのがやっぱりマチュピチュである。

 

が、やはり世界的に有名なこの場所はアンデスの山の奥地にあるためか、交通機関があまり発達していないため公にそこまで行く機関は基本的に電車しかないのである。

 

その為、ツーリスト向けの電車賃がやたらと高い。

 

距離にして100km位しかないくせになんと往復9000円くらい取る。

 

一ヶ月の収入が4〜5万円というペルーの物価から考えたらとんでもない金額だ。

 

完全に足元みてる。

 

『お前らの好きにさせてたまるか!電車なんかじゃぜってー行かねえ!!』

 

と叫ぶロックな、というか『単に金がない』私はなんかいい方法はないかと、旅行者が書いていった情報ノートをめくってみた。

 

すると、何と!

 

とんでもない書き込みを発見!!

 

それはバスを乗り継いで、マチュピチュの近くまで行こう(そこから先は歩き)といったもの。これはかなり意外であった。

 

しかし、オレが驚いているのはバスがあることではなくマチュピチュまで行く道路がちゃんとあるという事だ。

 

という事はバイクでも行けるという事になる。

 

 

オレはいちバイク乗りとしていいたい。

 

バイク乗りである以上、バイクでマチュピチュに行かないと意味がない !

 

 

もう一度言おう。

 

バイクで行けないならマチュピチュに行かない方がいい!

 

 

これは私のバイク乗りとしてのポリシーであり、いわば生き方そのものと言っても過言ではない!

 

 

 

やる気満喫なオレはその夜、オーナーである八幡さんにそのルートについて訪ねてみる。

 

八幡さんは

 

『お〜、確かに道はあるなー。バスが通ってる。』

 

やっぱり!これでバイクで行くことが決定した。

 

すると八幡さんは続けて

 

 

『でも、今は無理やで』

 

 

 

そうですか!いやったああーーー!!

 

 

...って、
はあっ!??????

 

 

『数日前にかなりデカイ規模の土砂崩れがあってなあ、1ヶ月位は通行不可だって今日の新聞に書いてあったからなー』

 

 

 

『...。』

 

 

今、ふと子供の頃の遠い、懐かしい記憶が戻ってきた。

 

 

 

バイクもいいけどそういえば私は実は電車が大好きだった!!!!
(※ついでにバスも)

 

 

 

仕方ないのでまた情報ノートをあさっていると、今度は何と

 

『マチュピチュまで歩いて行こう!』

 

といった内容が書いてあるではないか!?

 

 

どうでもいいけど逆に迷いそうなレベルで説明が雑だ(笑)

 

しかしこれでとにかくルートがあるという事が分かったのである。

 

 

ところで夕方、宿に泊まっている旅行者と話していたら、
彼もこれからマチュピチュに行くらしく、なんでも4人で行くという。

 

あとの3人はまだみていないのであるが、彼らは一体何処に?

 

すると彼は

 

『そのうちの2人は、今ここにはいないんです。ニューインしてるんですよ。入院!!』

 

 

『...。』

 

 

話を聞いてみたら、どうやら細菌性の下痢で悪化してしまって病院に厄介になっているらしい。

 

しかも、どういうわけだか、ここに泊まっている宿泊者は下痢による体調不全の人の比率がやたらと多いのである(流行りか?)

 

退院予定は5日後だというが、どうせ行くならみんなと行ったほうがいいと思い、結局待った。

 

そして5日後にきっちり帰って来た彼らに無事対面でき、とうとうマチュピチュに向けての話し合いが始まったのであった
(次項でその詳細は明らかに!!)

 

ところで、マチュピチュの入場料というのは年々上がっているらしく、年を追う度に倍になっている感じで、現在でなんと40ドルもする。

 

信じられない価格設定なのであるが、今年の世界七不思議に選ばれた影響か、ある筋の話では来年はさらにあげて 100ドルになるらしい。

 

値上げする理由は

 

『旅行者が来過ぎて遺跡が痛むため、出来ればマチュピチュには来て欲しくない』

 

といったものであった。

 

が、そんなものはとてもじゃないが説得力がない。

 

マチュピチュはペルーにとって重要な外貨を稼ぐ観光産業であリ、ここで生まれた利益に頼っている部分も大きいはず。

 

逆に世界七不思議に選ばれたことにより、ペルー政府も

 

『うししし外人からしっかり外貨絞りとっちゃうかんね〜(という言い方をしてるかどうかしらんけど)』

 

と 違った意味でのやる気スイッチが入っているというほうが正しいだろう。

 

 

大体ナスカの地上絵に無数にあるタイヤの跡をみて思ったけど、
現地の人の遺跡などに対する関心はかなり低いといわざるをえないので
その理由はあくまで後から付け加えたものである。

 

『あいつら金持ってるんだから絶対高い金額出してもマチュピチュに行く。』

 

という感じで完全に足元見てる。

 

が、そのマチュピチュでも安く入場する方法が 一つだけある。

 

それは学生証だ。

 

学生証を提示すれば、なんと20ドルまで下がるのである。

 

要するに半額だ。これはデカイ!

 

学生証と言っても国際学生証なのであるが、これをを一枚持っていると大変便利な代物で、遺跡や博物館が半額になったりするばかりでなく、飛行機代が100ドル単位で割引になったり日本でも映画館が割引になるので大変お得な内容なのである。

 

どこの国でも大体10〜20ドルくらいで作成できるのであるが、なんとクスコでも扱っている旅行代理店があリ、学生である事の証明が出来ればたった10ドルで作る事が出来るというのである。

 

これはもう作るしかないだろう!!

 

さて、何となくオレの事を知っている人は気付いたかもしれないが、オレはもちろん学生ではない。

 

学生ではないのに学生である事の証明をどうやってするのであろうか?

 

当然だが国際学生証を作るには何らかの形で自分が本当の学生である事の証拠を提示しなくてはならない。


普通に考えたら証拠がないのに学生証など作れる訳がない。

 

が、それはあることをすることで可能となるのだ。

 

そう、自作するのである。学生証明を。

 

 

何と、運のいい事に宿に泊まっている親切な人が自分の持っている
スペイン語学校の学生証(※それもニセモノなのであるが)にオレの写真を貼り付け、
それをカラーコピーしてラミネートするという、なんとも巧妙なやり方を教わったのである。

 

が、ほかの人に聞いたらクスコで学生証を作るのは結構難しいみたいでどうも、そこの受付のおばちゃんが意地が悪いらしいのである。

 

しかし、困難な事にあえて立ち向かうのが『真の男』である。

 

すぐ諦めてしまうなんて、男として恥ずべき行為だとオレは思う。

 

一言だけ付け加えておくが、もちろん自分の事は棚に上げ放題である。

 

それを握り閉めてマチュピチュのメンバーのタツヤ君と旅行代理店に向かってみる。

 

問題のタチの悪いおばさんというのは見てすぐ分かった。

 

いかにも融通がきかなそうな強烈なオーラが室内に充満していて、何とも近寄り難い雰囲気。

 

 

イメージで言ったらこんな感じである。

 

 

 

そういえばなんとなく妖怪ウオッチにでてくるウィスパーに似ている。

 

 

しかし、 きっと妖怪みたいな彼女にもこの年になるまで色々な事があったんだと思う。

 

きっと幼い時に両親が離婚したに違いない
中学校の時によく万引きして捕まった
ぐれて高校にほとんど行って無かった
多額な借金があって借金取りから逃げて辿り着いたのがここクスコだった
実は不倫して捨てられ傷つき傷心旅行ついでに働いて一石二鳥で私って頭いい!って感じで今クスコにいる

 


とか、そんなところで間違いない。

 

その様な過去が顔にハッキリ出ているのである。

 

私には確信があった。

 

 

勿論全て

 

100%根拠はない!!

 

 

とにかくおばちゃんに学生証を作る様に聞いてみたのであるが、その答えは即答で

 

『NO』

 

だった。

 

いくら何でも早すぎる!!!!

 

あまりに早すぎて訳が分からず、理由を聞いてみる。

 

『ここにちゃんと証明があるだろう』(※ニセモノだけど)
『オレは学生だああああああああ!!』(※じゃないけど)
と言ったが彼女は

 

『これはスペイン語の学校でしょう。大学しか認めません!』

 

と言われてしまった。

 

ウーン、結構手強い…。

 

どうしようか迷ってしまったが、宿に帰ってその事を皆に話すと、PCを持って入る旅人が

 

『おーし、それだったら』

 

と言って俺達の為にPCで途中まで学生証明を作成してくれ、後はネットカフェで大学名等を打ちこみ完璧な形で書面を完成させた。

 

ここまでやればオレが学生だと認めざるを得ない筈。

 

どれもオレが学生である事を明らかにする物ばかり!(ニセモノだが)

 

自信マンマンでその学生証明(それ自体ニセモノだが)を持ってオフィスに行く。

 

当然答えはイエスだろう .

 

しかーし!!おばちゃんの返答は何と音速で

 

『NO』 !!!!

 

はあ!?

 

どう考えてもオレは学生だろう(※違うけど)
全く意味が分からない(※実は、分かるけど)

 

理由は『学籍番号が無いから』という事らしい。

 

学籍番号が書いてある物をFAXしてもらえとの事。

 

なに言ってんだ!事務室オッサンだって忙しいし、個人的にFAXなんて送ってたら時間かかって大変だろう。

 

いったい何を考えてるんだ!!(※その前に元々学生ではないが)

 

仕方ないのでその夜、クスコ周辺で名物だというクイというネズミも皆で食べに

 

・・・ いや、言うならば『クイ』を『食い』に行った。

 

断っておくが、これはつまらない駄ジャレなどでは無い。

 

本人は至って真剣である。

 

 

いままでネズミなど食べた経験が無かったので、味は全く想像出来なかったが、
ネズミと言えばどちらかと言えばゲテモノの部類に入る物だろう。

 

だいたい、日本でも『名物にうまい物なし』と言われるではないか!

 

はじめから殆ど期待などしていなかった。

 

そして20分程して出てきたクイを見て驚愕!!

 

 

 

なんとネズミが頭付きキバ付きで ,例えるならば『アジの開き』の様にパックリ半分に割られて皿に盛られていた。

 

 

いくら何でもこれは生々し過ぎるぞ。

 

 

一同さすがに引いた。

 

これは食べてもいい物なのかと。

 

キバ剥きだしのその物を目の前に一瞬沈黙してしまったが、はっと我に返り皆でジャンケンをして誰がどこを食べるか決める事にした。

 

アツイ戦いが密かにそこでは繰り広げられていたのであるが、
幸い私は2番目に勝つ事ができて、比較的肉の厚い脚の部分を確保する事ができた。

 

恐る恐る食べてみると、意外にアッサリしていてどちらかと言えば肉質の硬い鳥のササミの様な食感。

 

『ぜってーマズイ!!』

 

という先入観があった為か思いの他美味しく感じた。

 

で、頭の部分を取ったタツヤ君の方をふと見てみた。

 

日本ではおかしら付きというのはめでたい物であるが、彼の表情は『めでたい』という感情から果てしなく遠ざかっていた。

 

 

 

帰って来てからはマチュピチュに行くメンバー
タカオ君、タカヒロ君、タツヤ君、モトハル君とでマチュピチュについての重要なミーテイング。

 

内容はかなり濃かった。

 

『チリの女の子は絶対カワイイ』
『いや、コロンビアはカワイイだけじゃなくスタイルが半端ない!』
『ふざけんな!!、ブラジルの女は激しい!おっぱ・・・&○×□』

 

だとかそんな話はする気配は全くかった。

 

それどころか北朝鮮の核保有の動きについてだったり日本の米の安全についてとか地球温暖化とコアラの絶滅の関連性について、そして安倍主相の退任の真実に至るまでを話したり話さなかったり話さなかったり話さなかったり話さなかったり話さなかったり話さなかったり話さなかったり

 

と、激論が朝4時まで繰り広げられ、

 

『歩いて行くのか電車で行くのか』

 

と いう単純・・・

 

いや、大変深刻な問題は結局答えがでないまま終わったのであった。

 

 

次の日、タカオ君がたまたま『昔の学生証』を持っていて、それを持って国際学生証を作りに行くと言っていた。

 

30分後に彼は戻って来たのであるが、色々難癖をつけられ結局駄目だったとの事。

 

しかも受付のあまりの対応の悪さに頭に来てイスを蹴飛ばして帰って来たという。

 

彼は比較的温厚な方 なのであるがそれほどまでにおばちゃんの印象は良くない。

 

試しにその『昔の学生証』を見せてもらったのであるが

 

ぬあんと!!!

 

それには学籍番号が書いてあった。

 

おお!!これは!?

 

もうタカオ君は国際学生証作りはあきらめると言っていたのでそれを借りて写真の部分と大学の住所などを書き直し、
少しサイズアップしてコピーしオフィスへ持って行ったらなんと3度目の正直でなんとOKが出た!!

 

うおお!!やった!粘り勝ちである。

 

が、 オレの直後に入ったモトハル君はやはりおばちゃんに即斬りされ、
タカオ君同様イスを蹴飛ばし、

 

さらに...

 

 

 

 

なんとデジカメでおばちゃんの写真を激写!!!!!!!

 

 

な・・・何という事を。

 

メチャクチャ印象悪い。

 

これで暫くは日本人はクスコで学生証を作れまい。

 

 

そしてこのアツイ漢(おとこ)達で、次号マチュピチュを目指すのである。

 

少し(かなり?)不安も残しつつ、続く!!

 

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